エムポックス 診療の手引き 第2.0版
病原体・疫学
Ⅰ 病原体
エムポックスは,オルソポックスウイルス属のエムポックスウイルス(mpox virus)による急性発疹性疾患であり,本邦では4類感染症に位置づけられている 1,2.1970年にヒトでの感染が確認されて以来,中央アフリカから西アフリカにかけて流行している.エムポックスウイルスはクレードⅠ(コンゴ盆地系統群)とクレードⅡ(西アフリカ系統群,クレード ⅡaとⅡbに分かれる)の2系統が確認されている.
クレードⅠによる感染例の死亡率は10%程度であるのに対し,クレードⅡによる感染例の死亡例は1%程度と報告されている1,2.2022年5月以降の世界的な流行における分離株の多くがクレードⅡのうちクレードⅡbのB.1系統とその亜系統に属している 3.これらの株は2018年に英国,イスラエル,シンガポール,ナイジェリアで解析されたウイルスと近縁であり,当時検出されたウイルスから約50塩基の変異がみられたことから,想定されるエムポックスウイルスの変異の速度より速く変異が起こっていることが示唆された.しかし,多くの変異が加わった原因や,変異が流行の動態に影響を与えているかは不明である4.
Ⅱ 伝播様式
エムポックスは,ヒトからヒトへの感染の場合,患者の皮膚病変や近接した対面での呼吸器飛沫への一定時間以上の曝露(prolonged face-to-face contact in close proximity),患者が使用した寝具などの媒介物(fomite)により伝播することが知られている.患者の皮膚病変のほか,血液,肛門,咽頭,尿などからエムポックスウイルスが検出され,特に皮膚病変,肛門からの検体がほかの部位と比較してウイルスDNA量が多いことが報告されていた 5.また,発症19日後の患者の精液からエムポックスウイルスが分離された報告 6や,発症54日後の精液からエムポックスウイルスのDNAが検出された報告などがあり,精液を介した感染の可能性が示唆されている一方で,77例から採取した検体で発症15日後の精液の99%でウイルス培養が陰性であったとの報告もあり7,精液中のウイルスの感染性を有する期間については不明である.その他の部位からも,発症40日後の穿破したリンパ節,54日後と76日後の唾液からエムポックスウイルスのDNAが検出された報告があるが,感染性は不明である8.
発症までの期間が潜伏期間より短いと推定される症例があることから,発症前のエムポックス患者から感染伝播する可能性が示唆されている9.
2022年5月以降の世界的な流行で報告された症例の多くは男性であり,男性間で性交渉を行う者(Men who have Sex with Men:MSM)が多く含まれていることが各国から報告されている.性別情報が得られた症例のうち,96.4% (84,735例/87,899例)は男性であり,年齢の中央値は34歳(四分位範囲:29-41歳)であったこと,18歳未満の症例は1.3%(1,154例/ 90,308例)であり,333 例が5歳未満であったこと,性的指向(sexual orientation)の情報が得られた症例のうち,85.4% (29,244例/34,240例)がMSMであったことが報告されている.また,感染経路の判明しているもののうち,83.3%(18,273例/21,935例)が性的接触による感染であった.医療従事者の症例も1,263例報告されているが,ほとんどは医療機関外での感染であった3.陰部病変を有するMSMにおける性的接触での伝播が示唆されており,性的な関係のネットワークで相互につながるコミュニティの一部にエムポックスが入った可能性があることが指摘されている 10.
一方で,海外渡航歴はあるものの感染経路不明の小児例の報告 11や小児の家庭内感染の報告12,保健医療従事者の接触(fomite)感染13,医療従事者の針刺し事故での感染の報告14,ピアスやタトゥーの施術施設で消毒が不十分な器具を介したと考えられる利用者間の感染伝播の報告 15もあり,性的接触以外での感染についても注意が必要である.
ただし,セックスパートナー以外の濃厚接触があった者における継続的な伝播は報告されていないことから,ECDCは引き続きMSMの一部を含む複数のセックスパートナーを有する者におけるリスクは中程度,一方,そのほかの幅広い層の人々のリスクは低い,と評価している 16
Ⅲ 国内発生状況
エムポックスは,感染症法上で4類感染症に位置づけられており,患者もしくは無症状病原体保有者を診断した医師,感染死亡者及び感染死亡疑い者の死体を検案した医師は,ただちに最寄りの保健所への届出を行う必要がある.
2022年7月25日に,欧州でその後エムポックスと診断された者と接触した後,帰国後に発症した東京在住の成人男性が,エムポックスと診断された1.疫学情報が公開されている2024年2月25日時点で探知された240例はすべて男性で,居住自治体別の探知数は東京都153例,神奈川県18例,大阪府18例,埼玉県13例,千葉県10例であり,その他,茨城県,栃木県,群馬県,山梨県,静岡県,愛知県,京都府,兵庫県,奈良県,岡山県,広島県,徳島県,香川県,高知県,福岡県,鹿児島県,沖縄県から報告があった17.これまでに1例の死亡例が確認されている.症状については,無症状病原体保有者5 例を除き,215例(90%)に発疹がみられ,発熱が174例(73%)でみられた.海外渡航歴のない症例が224例(93%)であり,特に2022年38週以降は海外渡航歴のない症例が主体であった17.感染経路は,229例(95%)が接触感染であり,そのうち175例(73%)では発症前21日間の性的接触であったと報告されている17.2022年以降の国際的な流行で報告された症例の多くは男性であり,WHO は,男性間性的接触による感染が多いことを報告していることから,国内においても男性同士の性的接触による感染伝播が起こっている可能性が示唆される.
なお,2023年5月2日までは,厚生労働省のホームページで,患者の年代,性別,症状,医療機関受診日,居住自治体(居住地),海外渡航歴,その他(患者の状態)について公表されていたが,2023年5月12日以降は,患者の自治体について公表される形に変更になり,2023年7月1日以降は,原則毎週金曜日に症例数が更新される形となった.
Ⅳ 海外発生状況
2022年5月7日に,英国は,常在国であるナイジェリア渡航後のエムポックス患者の発生を報告した.以降,欧米を中心に,常在国への渡航歴や患者への接触歴のないエムポックス症例が報告されている.世界保健機関 (WHO)は7月21日にエムポックスに関する2回目の国際保健規則(IHR)緊急委員会を開催し,IHRに基づく「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当するか議論を行った.緊急委員会の意見をふまえ,7月23日にWHO事務局長は今回のエムポックスの流行がPHEICに該当すると宣言した18 .
WHOに加盟している常在国を含む117の国と地域から,2024年2月29日時点で,2022年1月1日以降に診断された94,707例の確定症例(うち死亡181例)が報告されている3.地域別には,南北アメリカ61,115例(64.8%),欧州27,056 例(28.6%)であり,常在国外では前例のない規模の流行となっている.2022年8月をピークに世界全体での報告数は減少したが, 2023年3月以降,アジアからの報告が増加し, その後,減少に転じているものの,直近ではカンボジア,香港などからの症例報告がある.2023年に報告数が増加した中国,台湾,韓国,タイ,ベトナム,インドネシアなどでは発生は続いており,注意が必要である7.
また,2023年5月10日に開催された5回目のIHR緊急員会の意見を踏まえて,5月11日にWHO事務局長は今回のエムポックスの流行について,一部地域での報告が続いているものの,世界的に感染症が持続的に減少しており,過去3カ月間に報告された報告数は,前の3カ月間に比べてほぼ90%減少していること,疾患の重症度や臨床症状に変化がないことを確認できたことなどから,PHEICに該当しないと緊急事態の終了を宣言した19.そのうえで,事務局長は,世界的に減少傾向にある一方で,特定のコミュニティではウイルスの感染が続いていることを指摘した.さらに事務局長は,各国がサーベイランスと対応能力を維持し,将来のアウトブレイクに対処するために,既存の国家保健プログラムにエムポックスの予防とケアを統合し続けることの重要性を強調した 19.また,2023年8月21日に,WHO事務局長からIHRに基づく恒常的勧告が発出された 20.この「恒常的勧告」が発出されたのは初めてのことである.
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臨床像・合併症
Ⅰ 古典的な症状 (2022年5月の流行以前)
発熱,頭痛,リンパ節腫脹などの前駆症状が通常0~5日程度持続する.皮疹と前駆症状は前後することもあるが,典型的には発熱した当日から4日以内に特徴的な皮疹が出現する1-3.前駆症状は発熱,寒気,リンパ節腫脹(顎下,頸部,鼠径部),頭痛,筋肉痛,咽頭痛が多く報告されている1-4.罹患後の数日以内に出現するリンパ節腫脹は,通常は天然痘や水痘には伴わないので鑑別に有用とされる.
皮疹の好発部位は顔面が最多で,体幹および上肢や掌 ,下肢,足底,口腔粘膜が多い1-4.掌,足底の皮疹は通常は水痘で見られず鑑別の上で有用とされる.典型的には丘疹,小水疱,膿疱,紅斑,痂皮,潰瘍など多種の皮疹が出現する1-4.紅斑→丘疹→小水疱→膿疱→結痂→落屑と段階が移行すると報告されており1,3-5,皮疹の時相が一致していることが特徴である5.出現から7~14日後に痂皮化することが知られている1,4.稀な合併症として脳炎6や咽後膿瘍7,角膜炎などの眼病変などが報告3,8,9されている.
Ⅱ 2022年5月以降の流行での症状
1. 古典的な症状との違い
患者の8割以上に発熱,寒気,リンパ節腫脹,頭痛,筋肉痛,咽頭痛などの前駆症状が認められた10,11.しかし前駆症状を伴わない例が1割程度報告されている10,11.今回の流行は男性同士の性的接触が主な感染経路であり,2022年5月以降の流行以前よりも肛門・直腸,口腔周囲の皮膚病変の割合が増えた11,12.皮疹の経過は前述の通りであるが,今回の流行では時相の異なる皮疹が見られることも特徴的である5,11,13.図2-1に患者の皮疹を示す.
2.合併症
2022年5月以降の流行におけるエムポックスウイルスに起因する頻度の多い合併症として蜂窩織炎,直腸炎,陰茎浮腫,扁桃腺炎・咽頭炎などが報告されている12,14,15.頻度は低いものの,注意が必要な病態としてウイルス性肺炎16,ウイルス性心筋炎17,角膜炎・結膜炎18,関節炎・骨髄炎19,20,播種性病変21,脳炎・脊髄炎22,23が報告されている.2022年5月以降の流行では性的接触による感染が多く,HIV,梅毒,淋菌,クラミジアなどの性感染症の合併例が報告されている12.
3.HIV合併例
HIV未治療でCD4陽性リンパ球数(CD4数)が低値の合併例では,前述II-1.に記載の症状が長引き,播種性病変をきたす可能性がある.CD4数350/µL未満のHIV合併エムポックス症例382名における19カ国にまたがる検討では,死亡症例は全てCD4数200/µL 未満であり,死亡率はCD4数 100~200/µL で4%(94例中4例), CD4 数100/µL 未満で27%(85例中23例)であった.予後はCD4数のみでなく血中ウイルス量(VL: Viral load)とも強く関連しており,CD4数100/µL未満でVLのデータが得られている74例の死亡率は,VL 50コピー/mL未満で7%(14例中1名)であった一方で,VL 10,000 コピー/mL以上では30%(47例中14名)と大きく異なっていた16.
重症例の症状は多岐にわたり,CD4 数100/µL未満では,CD4 数300/µL超の症例と比較して,広範な壊死性皮膚病変(54% vs 7%),細菌感染(44% vs 9%),結膜炎等の眼病変(15% vs 1%),肺病変(29% vs 0%),肺結節(9% vs 0%)などの合併症の頻度が高い.未治療でCD4数200/µL未満のHIV合併例は,重症化ハイリスク例と考えられ,エムポックス診断時のHIV感染症合併の有無の検索と陽性時のCD4数の評価が重要である.抗HIV療法によりウイルスコントロールが良好な例においては,非HIV合併症例と同様,重症化は稀であると考えられる.
また,抗HIV療法(Antiretroviral therapy:ART)による免疫状態の改善により,症状が悪化する免疫再構築症候群(Immune Reconstitution Inflammatory Syndrome:IRIS)が,HIV合併例の予後に影響することが明らかになっており,前述の報告では,382例中85 例(22%)でARTが開始・再開され,このうち 21例(25%)がIRIS が疑われる症状の増悪を認め〔(CD4 数100/µL 未満で38%(40例中15例),CD4 数100~200/µL で26%(23例中6例)〕,その半数以上の12 例(57%)が死亡している.
HIV患者で,肛門や性器周囲に発疹や潰瘍性病変を認める場合は常に本症の可能性を念頭におくことが重要である.重度免疫不全例での本症の死亡率はきわめて高いため,可能性を完全に除外できない場合には,積極的にエムポックスの診断のための検査を行うことが救命につながる.
III エムポックスの病態
エムポックスは基本的に時間の経過とともに自然治癒する疾患である.重症例や重症化ハイリスク例は重篤な状態となる可能性があり,特に免疫不全患者においては死亡例も報告されているため,重症例と重症化ハイリスク例は早期に治療介入することが推奨されている24,25.軽症例は基本的に自然治癒することがほとんどであり,皮疹による疼痛に対し鎮痛薬などの対処療法が考慮される26.エムポックスの病態は,下記の通り,重症例,重症化ハイリスク例,軽症例と定義され,病態によって治療方針を検討する27.
Ⅳ 無症状病原体保有者
無症状病原体保有者の存在が欧米各国の研究において報告されている.これらの研究では,淋菌・クラミジア検査用の直腸ぬぐい検体や咽頭ぬぐい・尿・直腸ぬぐい検体の混合検体などの残検体が用いられ,流行状況により1.3~6.5%程度のエムポックス陽性率が報告されている28,29.無症状病原体保有者の中には,症状が軽微かその症状をエムポックスと認識していない(unrecognized)状態や,何らかの理由で診断に至っていない(undiagnosed)状態が混在していることも考えられる.無症状病原体保有者の感染性は不明だが,無症状病原体保有者より検出されたエムポックスウイルスDNAの複製能力が確認されており1,本人が感染を自覚せずに他者に感染させている症例は存在すると考えられる.無症状病原体保有者においては,検査陽性判明日を起算して原則8週間,性的接触を控えることが推奨される.
東京近郊で2022年1~3月に実施された無症状のMSMにおける研究では,1,346名のうち5名(0.4%)が陽性となり,うち3名が研究期間中無症状のままであった.同期間において,研究参加後に3名が後日症状を発症し新たにエムポックスと診断されており,無症候者3名に対し有症状者は5名であった.無症状病原体保有者の診断は,検査のタイミングに左右される一方,有症状者は比較的捕捉されやすいことを考慮すると,無症状または認識されない病原体保有者は稀ではないことが示唆される30.
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診療の実際と診断・届出
Ⅰ エムポックス診療の実際
1. 診療の留意点
エムポックスの診療での主な留意点として,以下の3点をあげる.
- ①皮疹の性状や分布,全身症状,性交渉歴からエムポックスを疑うが,今回の流行では古典的な経過を取らない症例があること.
- ②診療経験が乏しいうちは,エムポックスを疑うことができないかもしれない.そのため,他の疾患と臨床診断をして治療を行ったが,改善しない症例に遭遇する可能性がある(例:性器ヘルペスと診断して治療したが皮疹が改善しない).つまり,通常の治療で改善しない場合に,エムポックスを鑑別できるかどうかということ.
- ③他の性感染症との重複感染が報告されているため,他の性感染症の確定診断がついたとしても,エムポックスの合併を疑う必要があること.
2. 病歴聴取,身体診察のポイント
エムポックスを疑うポイントは,①皮疹の性状,②皮疹の分布,③皮疹以外の症状,④性交渉歴である1-3.①~④をもとに鑑別診断をあげる.
1)皮疹の性状
エムポックスの皮疹は,紅斑→丘疹→小水疱→膿疱→結痂→落屑とステージが順次移行し,加えて,臨床経過のある一時点において,同一ステージの皮疹を呈すると報告されていた.この点は,異なるステージの皮疹が混在する水痘との鑑別点である.しかし,今回の流行では,水痘のように異なるステージの皮疹が同時にみられることがあり,留意が必要である.
2)皮疹の分布
皮疹は,顔面から始まり体幹部へと拡大していく.しかし,今回の流行では,皮疹の分布が従来の報告とは異なる場合がある.具体的には病変が会陰部・肛門周囲や口腔などの局所に集中しており,顔面から体幹部へと移行していく経過が追えない症例も存在する.
3)皮疹以外の症状
皮疹の出現前に発熱,頭痛,リンパ節腫脹などの全身症状が先行するとされるが,必ずしも認められない事例が報告されている.加えて,肛門直腸病変による肛門痛,テネスムス,血便や,陰茎・尿道病変による排尿困難をきたした事例の報告がある.
4)性交渉歴
今回のエムポックスは, MSM(Men who have Sex with Men)の間で流行している.性交渉時の皮膚・粘膜接触による感染事例が多い.男性の症例が多いが,小児,女性の報告もあるので留意する.
3.鑑別診断
鑑別疾患は多岐にわたる.診療する際は,エムポックス以外の疾患の季節性や流行状況も念頭にいれ鑑別診断を行う必要がある.それぞれの疾患の特徴は成書を参照されたい.
1)全身の発疹を呈する場合
エムポックスとの重要な鑑別疾患は,疾患の頻度が多い水痘,梅毒,手足口病,カポジ水痘様発疹症などである.
2)性器・肛門周辺のみの皮膚病変の場合
性器ヘルペス,梅毒,帯状疱疹,毛嚢炎,伝染性軟属腫などが鑑別診断にあがる.
3)直腸炎を呈する場合
淋菌,クラミジア,梅毒,性器ヘルペス,赤痢アメーバ症などの性感染症に加え,炎症性腸疾患(クローン病,潰瘍性大腸炎)が鑑別診断にあがる.
Ⅱ 診断・届出
エムポックスの診断を行うためには各都道府県等の地方衛生研究所において,行政検査によ る確定検査を実施する必要がある.
1.検査方法
確定診断には行政検査による確定診断(PCR 検査)が必要である.
検体採取方法は,水疱内容液や水疱蓋などの病変部を採取し,水疱が保たれている場合は,水疱内容液を注射器で吸引し採取,水疱が自壊している場合は,水疱内容液及び自壊組織をスワブでぬぐい,痂皮となっている場合は,ピンセットで痂皮を採取し,それぞれスクリューキャップのチューブに入れる.詳細については『病原体検出マニュアル エムポックスウイルス』(第4版(2023年6月国立感染症研究所)を参照されたい4 .
疫学的用途などで無症状者に対して検査を実施する場合は,直腸ぬぐい検体や咽頭スワブまたはうがい液,尿,これらの混合検体などが使用されることがあるが,検出感度は低下する3,5 .これらの採取方法は通常の方法に則り採取する.
2.診断,届出の流れ
エムポックスは感染症法における4類感染症に位置づけられており,診断した医師は最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に対して直ちに届出を行うことが義務づけられている.エムポックスを疑う症状が見られた場合の対応については,「エムポックスに関する情報提供及び協力依頼について」〔令和4年5月20日付け厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡(令和5年5月26日最終改正)〕6に示されている.
【暫定症例定義】
1)疑い例
原則,下記①~②すべてを満たす者とする
(臨床的にエムポックスを疑うに足るとして主治医が判断した場合についてはこの限りではない).
- ①説明困難な急性発疹*(皮疹または粘膜疹)
*水痘,風しん,梅毒,伝染性軟属腫,アレルギー反応,その他の急性発疹および皮膚病変を呈する疾患によるものとして説明が困難であることをいう.ただし,これらの疾患が検査により否定されていることは必須ではない.
- ②次のいずれかに該当する.
- 発症21日以内に複数または不特定の者と性的接触があった.
- 発症21日以内にエムポックスの患者,無症状病原体保有者または①を満たす者との接触(表1レベル中以上)があった.
- 臨床的にエムポックスを疑うに足るとして主治医が判断をした.
2)接触者
エムポックス患者(確定例)または疑い例と以下の表3-1に示す接触状況があったものをいう.
【診断(行政検査までの手順)】
エムポックスの診断を行うためには各都道府県等の地方衛生研究所において,行政検査による確定検査を実施する必要がある.「エムポックス診療の実際」(3 -Ⅰ)をふまえ,エムポックス疑い例に該当する患者を診察した場合や,民間検査会社における研究用試薬を用いた検査により陽性と判明した医師は,最寄りの保健所に連絡の上,行政検査による確定検査を実施するための検体採取や検体搬送,疑い例患者に対する接触歴等の聴取等の対応について相談する.検体採取は,表3-3で示す検体採取方法を参照の上,検体を採取し保健所へ検体を提出する.残余検体については,保健所から求めがある場合に備え,結果判明まで保管しておくことが望ましい.
【届 出】
エムポックスは感染症法上4類感染症に位置づけられおり,感染症法第12条第1項に基づき,行政検査によりエムポックスと診断した医師は,直ちに最寄りの保健所に届出なければならない.エムポックスの届出基準による届出対象は,以下のとおりである7.
〈患者(確定例)〉
以下の表3-2の臨床的特徴を有する者を診察した結果,症状や所見からエムポックスが疑われ,かつ,表3-3の検査方法により,エムポックス患者と診断した場合.
〈無症状病原体保有者〉
診察した者が以下の臨床的特徴を呈していないが,表3-3の検査方法により,エムポックスの無症状病原体保有者と診断した場合
〈感染症死亡者の死体〉
以下の臨床的特徴を有する死体を検案した結果,症状や所見から,エムポックスが疑われ,かつ,以下の表3-3の検査方法により,エムポックスにより死亡したと判断した場合.
〈感染症死亡疑い者の死体〉
表3-2の臨床的特徴を有する死体を検案した結果,症状や所見から,エムポックスにより死亡したと疑われる場合.
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- 6.令和4年5月20日付厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡.サル痘に関する情報提供及び協力依頼について.令和5年5月26日最終改正.
https://www.mhlw.go.jp/content/001101174.pdf [2024/3/28閲覧] - 7.厚生労働省.届出基準:感染症法に基づく医師の届出のお願い.
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/kekkaku-kansenshou11/01.html [2024/3/28閲覧]
治療
Ⅰ 抗ウイルス薬の臨床応用状況
エムポックス患者に対する治療の基本は,支持療法と疼痛コントロールである.しかし,免疫不全,併存疾患などの要因により,重症化する場合がある.このため,米国疾病予防管理センター(CDC)では,重症例や重症化ハイリスク例に対しては,テコビリマットの使用を推奨している1.また,重症例や高度免疫不全患者に対しては,個別の症例の状況に応じて,テコビリマットと他薬剤の併用療法が考慮されるとしている2.用いられる併用薬には,シドフォビル,ブリンシドフォビル,ワクシニア免疫グロブリン(Vaccinia Immune globulin:VIG)が含まれる3.ここで,治療方針に関わる3つの病態,重症例,重症化ハイリスク例,軽症例は下記の通り定義される3.
2023年1月以降,わが国ではエムポックス新規患者数が増加傾向にあり,以下2つの特定臨床研究を実施し,全国7医療機関(市立札幌病院,東北大学病院,藤田医科大学病院,りんくう総合医療センター,福岡東医療センター,琉球大学病院)において,わが国におけるエムポックス患者に対する治療体制を整備している.
1)エムポックスに対する経口テコビリマット治療の有効性および安全性を検討する多施設共同非盲検二群間比較試験
治療薬として輸入されたテコビリマットを,国立国際医療研究センターを含む全国7医療機関において投与できる体制を構築した.具体的には,特定臨床研究「天然痘とサル痘に対する経口テコビリマット治療の有効性および安全性を検討する多施設共同非盲検二群間比較試験」を立ち上げ,同薬剤による治療が提供できる体制を整備した4.2022年7月26日より患者登録を開始しており4,2023年度以降も本研究を継続している.テコビリマットを投与した2例では,重篤な副反応や重症化の兆候はなく,速やかな症状の改善とウイルスの消失がみられた5.
2)エムポックスに対するVIGの有効性および安全性を検討する多施設共同単群試験
米国では重症化リスクのあるエムポックス患者の難治例や死亡例が報告されており,テコビリマット投与に加え,ステロイドパルス療法,VIG,血漿交換などが行われている.CDCは,2022年10月13日にエムポックスを含むオルソポックスウイルス感染症に対するVIGの使用を治験薬の拡大アクセス事業(Expanded Access IND Program)で承認した6.また,オーストラリアではテコビリマットとVIGを治療選択肢として使用できる診療体制を整えた7.
このような背景を受け,本邦でもエムポックスに対するVIGの有効性と安全性を検証し,同薬剤を使用できる体制を整えるため,特定臨床研究「M痘と天然痘に対するワクシニア免疫グロリンの有効性および安全性を検討する多施設共同単群試験」を立ち上げ,全国7医療機関において重症または重症免疫不全を有するエムポックス患者に対してVIGを使用できる体制を構築した8.
3) エムポックスに対するシドフォビル,経口プロベネシド併用療法の有効性および安全性を検討する単施設単群試験
エムポックスに関して重症化は稀とされてきたが,今般の国際的な流行における,未治療HIV感染症者等の免疫不全を有するハイリスク群において,致死的な経過をたどるリスクが認識されつつある.流行が先行した欧米では,テコビリマットと他薬剤の併用療法が提案されており,その中にシドフォビルが含まれる.一方で,シドフォビルのエムポックスに対する臨床的有効性は確認されていない.よって,本邦において同薬剤の有効性と安全性を検討するため,特定臨床研究「エムポックスに対するシドフォビル,経口プロベネシド併用療法の有効性および安全性を検討する単施設単群試験」として国立国際医療研究センターで立ち上げた.今後は多施設共同研究として全国7医療機関に拡大する予定である.
Ⅱ 免疫再構築症候群(IRIS)の対応
未治療のHIV合併症例におけるART開始に伴うIRIS発生時の対応に関して,現時点で明確なエビデンスは存在しない.また,ARTの開始時期に関しても,原則としては早期に開始すべきであるものの,最適な開始時期は不明であり,症例ごとに慎重に判断することになる.HIV合併例で重症化のリスクが特に高いCD4数100/µL未満の症例では,エムポックス以外の日和見感染症が合併している可能性も高くIRISが疑われる際には,その他の病原体の検索も重要である9,10.特に,直腸などの腸管に病変が存在した患者で,IRISを契機に死亡したと思われる症例が報告されている.IRISによる腸管病変の増悪による菌血症や腸管穿孔,イレウスなどが考慮されるが,CD4数が低値の場合,サイトメガロウイルス感染による腸管病変も合併している可能性が高く,症状増悪の原因病原体が単一ではない可能性も考慮に入れる必要がある10.
IRIS発症のリスクが高いと考えられる場合には,エムポックスに対する早期の抗ウイルス療法と合併疾患に対する抗微生物薬投与をまず行い,腸管などの粘膜病変や皮膚病変の症状緩和をみてからART を開始すべき状況も想定される.一方で,エムポックスの予後には速やかなART導入による宿主の免疫能改善とHIV抑制が重要であることも事実であり,ART導入時期については個別の判断が求められる.
IRIS発症時に使用されるステロイドの役割についても,エムポックスに関しては現時点ではエビデンスはない.ステロイドによるエムポックス自体の増悪に影響する可能性もあり,今後のエビデンスが待たれる.
Ⅲ 重症例の対応
重症例,免疫不全の患者や小児,妊婦などの重症化ハイリスク例は,重篤な状態となる可能性があるため,早期よりテコビリマットによる治療を検討する必要がある1.
重度の免疫不全がある患者やテコビリマット投与後も症状が進行する患者においては,シドフォビルやワクシニア免疫グロブリンを併用した症例や,眼病変に対しトリフルジン点眼薬を併用した症例が報告されている11,12.しかし,いずれの薬剤も日本では未承認である.
Ⅳ 合併症のマネジメント
1.疼痛コントロール
2022年5月以降の流行における入院の主な理由の一つは,咽喉頭または肛門・直腸病変の疼痛である13.疼痛の程度としてはNumerical Rating Scale でscore 7~8の疼痛を訴えることが多い.アセトアミノフェンやNSAIDs,プレガバリン,ガバペンチンなどの鎮痛薬の内服のほかリドカイン軟膏の局所塗布が有効とされるが14,オピオイド点滴による鎮痛を要する場合もある15.肛門ヘルペスも同様に肛門会陰部の皮疹,疼痛を呈することがあるので,性的接触がエムポックス感染の契機となっている場合には単純ヘルペスウイルスの重複感染に注意する.
2.皮膚軟部組織の合併症
エムポックスによる皮疹の増悪により,皮膚軟部組織の二次性細菌感染が生じうる.HIV合併感染例では皮疹が全身に播種した症例のほか,壊死・出血を伴う皮疹例で蜂窩織炎,皮下膿瘍,続発する菌血症などが報告されている9.皮膚の発赤,熱感,腫脹を伴う場合は皮膚軟部組織感染症の合併を考慮し抗菌薬治療を行う.
3.消化器の合併症
今回の流行では特に直腸炎の合併が多く,メタアナリシスによればエムポックス症例の11%が直腸炎を合併している16.これは同性間性交渉を行う男性において,肛門性交によりエムポックスウイルスが直腸粘膜に直接侵入・進展することが原因と考えられている17.上述の肛門痛のほか,排便困難,出血を呈することがあり,排便時痛が強い場合は緩下剤の併用や腸管安静を行う.診断のために大腸内視鏡検査を検討する.また,直腸穿孔18 や肛門周囲膿瘍19 などの外科的治療介入を要する合併症も報告されているので,症状が強い場合には CTやMRI 画像検査などを検討する.
4.泌尿器の合併症
男性では陰茎浮腫による嵌頓包茎,排尿障害が生じうる.用手的包皮反転で改善が得られることが多い14.
5.咽喉頭の合併症
上気道の病変としては扁桃腫大,咽頭炎,急性喉頭蓋などが報告されている.疼痛以外に扁桃腫大などの器質的変化によって経口摂取困難,気道狭窄を呈する場合がある.鎮痛薬のほか,腫脹が強い場合には短期間のステロイド投与が治療選択肢である20.扁桃腺炎や急性喉頭蓋炎により気道緊急を生じた場合にはエアロゾル曝露対応をしつつ気道確保を行う.
6.呼吸器の合併症
HIV合併感染例では肺炎の合併が多く21,びまん性多発結節影や胸水貯留を呈することが報告されている9.ただし,HIV患者では他の日和見感染症による肺病変の可能性があるので気管支肺胞洗浄液,経気管支肺生検検体,胸水検体のエムポックスウイルスPCRとMultiplex PCRを検討する.二次性の細菌性肺炎を合併している場合には抗菌薬を追加する.
7.循環器の合併症
胸痛を訴えや心不全徴候がみられる場合にはウイルス性心筋炎を考慮する.心電図変化に乏しい場合は心臓MRIが有用である.致死性不整脈や心不全の発症に留意してモニタリングを行う.心筋炎9例のレビューでは,4例で抗ウイルス薬の投与が行われ,その他の5例は支持療法のみで,全例が軽快している22.ウイルス性心筋炎の治療選択肢である免疫グロブリン,ステロイド,シクロスポリン,アザチオプリンの使用に関してはエムポックス症例での報告がなく有効性は不明である.
8.中枢神経の合併症
中枢神経系の症状としては頭痛が最も多く,筋痛,めまい,倦怠感などの訴えが多い.不安・焦燥の訴えも多く23,偏見や差別への不安から自殺に至った症例も報告されている24ため入院・個室隔離する場合は注意を要する.抗不安薬のほかカウンセリングなどの精神科的サポートも並行して行う.けいれんが2.7%,錯乱が2.4%, 脳炎が2.0%で報告されており25,必要に応じて鎮静,抗てんかん薬の投与を行う.テコビリマットはミダゾラムの血中濃度を低下させるため26,両者を併用する場合はミダゾラムの増量を行う.エムポックスの診断が確定している患者では脳脊髄液のエムポックスウイルスPCRに加えて,他疾患の除外のため脳脊髄液のMultiplex PCRを積極的に考慮する.PubMedでの検索では2023年5月1日の時点でエムポックスウイルスによる髄膜炎の報告はない.脳脊髄炎に対して,免疫グロブリン療法,ステロイドパルス療法,血漿交換療法,リツキシマブ投与の併用で改善を得た報告がある27,28.
9.眼の合併症
角膜炎・結膜炎の頻度が高く,そのほか角膜・結膜の潰瘍,眼瞼膿疱などが報告されている29.オルソポックスウイルスによる眼病変に有効とされるトリフルジン点眼薬を併用した報告があるが30,2023年12月1日時点で,わが国では未承認薬である.結膜充血や眼脂増加がみられる場合は二次性の細菌性結膜炎を念頭に眼科診察を依頼する.また眼窩蜂窩織炎も生じ得るので9,眼周囲にエムポックスの皮疹がある症例で眼瞼の腫脹や発赤,眼球運動制限を伴う場合には画像評価を検討する.
10.骨・関節の合併症
膝関節の単関節炎合併例が報告されている32,33.関節痛はエムポックスの皮疹出現と同時期から出現する.関節MRIでは関節液貯留,滑膜炎所見,骨への炎症波及を呈することがある.関節液は単球優位の細胞数増加がみられ,エムポックスウイルスPCRが陽性となる.性的接触がエムポックス感染の契機となっている場合には淋菌性関節炎やクラミジアによる反応性関節炎の可能性があるので,これらの性感染症の検索を行う.治療は鎮痛薬による対症療法であり2~3週間で改善する.
Ⅴ 療養上の注意事項
皮疹が完全に治癒し,落屑するまでの間(概ね21日程度)は周囲のヒトや動物に感染させる可能性があるため,感染者はヒトやペットの哺乳類との接触を避けるべきである.寝具,タオル,食器の共用を避けることも大切である.また,小児や妊婦,免疫不全者との密な接触も避けるべきである.また,性的接触についてはすべての皮疹が消失してから原則8週間は避けるべきである33.
接触者についても,接触後21日間は症状が出ないか注意し,発症時には速やかにヒトやペットの哺乳類との接触を避け,医療機関を受診することが求められる.また,症状が出ていない場合でも,小児や妊婦,免疫不全者との密な接触や,性的接触をできる限り控えるべきである.
エムポックスの患者または疑いとされた人は当面の間,献血は控えるよう厚生労働省から示されている.また,接触者は接触後21日間は献血を避けるべきである34.
感染者が飼育しているペットに関して,感染者が発症後にペットと接触していない場合,自宅外で世話をしてもらうように知人など依頼し,回復後に自宅を消毒してから自宅に戻すことが推奨される.また,感染者が発症後にペットと接触した場合は,最終接触から21日間,ヒトや他の哺乳類との接触を避けることが推奨される.感染者が自宅でペットの世話をする場合は皮疹を覆い,サージカルマスクを着用することが推奨される.一方で,ペットがエムポックスウイルスに感染した可能性がある場合,ケージなどに隔離し,接触する場合は手袋,サージカルマスク,目の防護具,ガウンの着用が推奨される.
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感染対策
Ⅰ 医療機関・クリニックにおける対策
- エムポックス疑い例やエムポックス患者に接する場合は,接触,飛沫,空気予防策を実施し,可能な範囲で患者を換気良好な部屋(個室が望ましい)に収容し,N95マスク,手袋,ガウン,眼の防護具を適切に着用する1,2.
- 医療従事者は,個人防護具の装着前と外した後を含め,標準予防策に沿って手指衛生を行う1,3.
- 適切な手指衛生と個人防護具の使用に関し,平時から定期的に訓練を行っておく.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者が使用しうる空間は,常に十分な換気を行うよう配慮する1,2.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者には,可能な限り不織布マスクを適切に着用させ,水疱を含む皮膚病変はガーゼなどで被覆する1,2.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者が滞在しうる環境は,通常に清掃を行い,その後,消毒(消毒用エタノールなど,エンベロープウイルスに対して強い消毒効果を発揮する薬剤)を行う1,4.
- 廃棄物は感染性廃棄物として扱う1.病変部位の体液で汚染された医療廃棄物は,体液乾燥による塵埃感染防止の観点から,しっかりと密閉して廃棄することが望ましい.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者のリネン類などは,破棄が望ましいが,破棄が難しい場合は,上記個人防護具を付けて扱い,不用意に振り回したりせず,静かにビニール袋などに入れて運搬し,洗濯機に入れ,通常の洗剤を用いて洗濯を行う.洗濯した後は再利用可能である.リネン類などを扱う際は,手指衛生(流水と石鹸による手洗い,または擦式アルコール手指消毒薬での消毒)を頻回に行う1,2.
なお,WHO,米国CDC,英国UKHSA では,温水による洗浄を推奨しているが,根拠となる十分なエビデンスはまだない1,2,5. - 感染の危険がある曝露があった場合,曝露後予防接種を考慮する(「6 ワクチン」参照).曝露後4日以内の接種が望ましいが,14日以内であれば効果が期待できる.
- 医療従事者の針刺し切創によるエムポックス罹患報告6-11もあることから,検体採取時の針刺しには特に注意し,針刺し切創の際は,すみやかに報告し,曝露後予防接種を考慮する.
*医療機関における具体的な感染対策として,国立国際医療研究センターで使用している『エムポックス感染対策マニュアル(2023年11月9日)』を参考に示す6.
Ⅱ 自宅における対策
1.エムポックス疑い例自身やエムポックス患者自身の対策
- 日常的に行う手洗い(食事前,排泄後,外出から帰宅した後など)のほか,自身の患部に触れた後,洗濯時に衣服を扱った後なども手洗いし,普段以上に手指衛生を励行する.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者がいる空間は,換気を十分行うようにする12,13.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者は,発疹の消失,痂疲が落屑し新しい皮膚が形成されるまでは,感染性のある期間に約2m以内で他の人と接触すること(食事など) はできるだけ避け,接する場合には不織布マスクを適切に着用する13.
- リネン類などの洗濯は可能な限り,エムポックス疑い例やエムポックス患者本人が行う.他の人が洗濯をする場合,医療機関やクリニックでのリネン類などの洗濯に準じて行う.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者が接触したベッドやトイレなどの場所は,使い捨て手袋を着用して清掃し,その後,消毒薬(前述)で清拭する.清掃や消毒の最中,特に終了後は,手指衛生を適切に行う12,13.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者が使用した食器や調理器具は,石鹸や洗剤などで洗った後に再利用可能である12,13.
- エムポックス疑い例やエムポックス患者は,発疹の消失,痂疲が落屑し新しい皮膚が形成されるまでは,動物との接触を避ける.
2.エムポックス疑い例やエムポックス患者の同居者やペットの対策
- 積極的に手指衛生を行う.
- 疑い例や感染者 とは,リネン類などの共有を避ける 12,13.
- 自宅にペットがいる場合,患者が使用した後のリネン類などとペットとが接触しないように配慮する13.
- 1.CDC.Mpox. Healthcare Professionals, Infection Prevention and Control of Mpox in Healthcare Settings. Oct 31 2022.
https://www.cdc.gov/poxvirus/mpox/clinicians/infection-control-healthcare.html [2024/3/28閲覧] - 2.WHO. Clinical Management and Infection Prevention and Control for Monkeypox, Interim rapid response guidance. June 10 2022Infection Prevention and Control at Health Facilities (7 Recommendations)
https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/355798/WHO-MPX-Clinical_and_IPC-2022.1-eng.pdf?sequence=1 [2024/3/28閲覧] - 3.Guidelines on core components of infection prevention and control programmes at the national and acute health care facility level. Geneva: Health Organization; 2016
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- 9.Le Pluart D, et al. A Healthcare-Associated Infection with Monkeypox Virus of a Healthcare Worker During the 2022 Outbreak. Open Forum Infect Dis. 2022 Oct 7;9(10): ofac520
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https://www.niid.go.jp/niid/en/2013-03-15-04-55-59/2595-disease-based/sa/monkeypox/cfeir/11196-monkeypox-01.html [2024/3/28閲覧] - 13.CDC.Mpox. Infection Control. Isolation and Infection Control At Home.Updated August 11, 2022
https://www.cdc.gov/poxvirus/mpox/clinicians/infection-control-home.html [2024/3/28閲覧]
ワクチン
Ⅰ エムポックスワクチンの概要
痘そう(天然痘)ワクチンは,痘そうウイルスやエムポックスウイルスと同じオルソポックスウイルス属の一つであるワクチニアウイルスをワクチン株として使用したワクチンである.また,オルソポックスウイルス属のウイルス間の抗原交叉はよく知られており,痘そうワクチンによるエムポックスに対する発症予防効果が,天然痘根絶後の1980年代コンゴ民主共和国での研究で85%と推定され1,2003年に米国で発生したエムポックス流行事例の際の調査では,痘そうワクチン接種者ではエムポックスウイルスに対する防御免疫が誘導されていたことが示される2など,エムポックスに対する予防効果が報告されてきた.
日本で開発された痘そうワクチン(一般名:乾燥細胞培養痘そうワクチン)は,天然痘の根絶期に使われたワクチン株であるリスター株を親株として作成されたLC16m8株由来の弱毒化生ワクチン(以下,LC16ワクチン)であり,天然痘に対する予防ワクチンとして1980年8月に承認されている.
2022年7月6日に,LC16ワクチンの「効能または効果」に「エムポックスの予防」の適応を追加する製造販売承認の一部変更が申請された3.これに対し,LC16ワクチンのエムポックスに対する有効性(免疫原性)を確認した,米国での臨床試験および日本人での使用成績に関する公表文献4-7と,従来の痘そうワクチンで問題となっていた種痘後脳炎・脳症,皮膚合併症,心筋・心膜炎等を引き起こすリスクがきわめて低く,小児から成人まで幅広い年齢層に対して接種可能な高い安全性を有するワクチンであるとの評価に基づき,2022年8月にLC16ワクチンによるエムポックスの予防が薬事承認された.
安全性の評価事例としては,1973~1974年にかけて,LC16ワクチンが小児約5万例に接種されたが,問題となる副反応は認められなかったことが報告されている8,9.このうち,特に詳細な臨床的観察が実施されたのは10,578例であり,1974年にLC16ワクチンを接種された9,538例について,善感率は9,538例中9,075例(95.2%),善感者のうち14日間以上の観察が可能であった8,544例中の発熱者(37.5℃以上,接種4~14日後)は663例(7.8%)であり,有熱期間は1日のみが発熱者の60.6%を占め,また発熱者の85%が2日以内であった.
また,世界保健機関(WHO)は,暫定ガイダンスにおいてエムポックスに対するワクチンとしてLC16ワクチンを含む痘そうワクチンの使用を推奨している10.ただし,LC16ワクチンはウイルスの複製能を有する弱毒生ワクチンであり,免疫不全者に接種ができない.
欧米では,LC16ワクチンと同じ第3世代でウイルス複製能のない痘そうワクチン(MVA-BNワクチン)がエムポックスに対して承認され,エムポックスに対する有効性が報告されている.
Ⅱ 曝露前予防および曝露後予防
一般に予防接種は,リスクとベネフィットを勘案した症例に応じた判断となるが,職業曝露高リスク者および感染の高リスクグループに対しての一次予防(曝露前)ワクチン接種(Primary preventive vaccination:PPV)と,エムポックス患者の接触者に対する曝露後ワクチン接種(Post-exposure Preventive Vaccination:PEPV)が推奨されている10.
1.曝露前予防接種
国内の審議会においては,曝露前予防として,エムポックス診療を行う可能性が高い医療従事者,エムポックスウイルスを取り扱う研究者,検査技師,公衆衛生対応チームが当面接種を考慮する対象とされている12.一方で,エムポックスの流行を防ぐ手段として,現時点でのリスクとベネフィットを考慮すると,エムポックスワクチンの一般集団への接種は必須ではなく,また世界的に推奨されていない.
また,WHOは暫定ガイダンスにおいて,職業曝露高リスク者(エムポックス患者に接する可能性のある医療従事者,エムポックスウイルスを取り扱うラボ従事者,エムポックス診断を実施する臨床ラボ従事者,アウトブレイク対応チーム)および感染の高リスクグループ(ゲイ・バイセクシュアルその他MSMを自認する者,複数の性的パートナーがいる者)に対して曝露前接種を推奨している10.
国立感染症研究所は,2024年3月時点での評価において,当該ワクチンについて「感染者の接触者,高リスクグループのいずれについても,当面リスクベネフィットを評価しつつ,本人の希望に応じて,また国内での発生状況に応じて, 曝露前接種及び曝露後接種の機会提供が検討されるべきと考えられる」と,評価している13.
国立国際医療研究センターは,50名の健康な医療従事者を対象とした特定臨床研究の評価において,LC16ワクチン接種により4週間後には,エムポックスウイルスに対する十分な中和抗体が誘導されたが,時間経過とともに減少したこと,重篤な有害事象はなく,一般的な皮膚反応が最も多い有害事象であることが報告された.また,エムポックス発症に対するLC16ワクチンの予防効果を評価することなどを目的に,エムポックスへの罹患リスクが高い人に対し,臨床研究を通じてLC16ワクチンを用いた曝露前接種を,2023年6月から開始,2024年12月までの予定で実施された14.
2.曝露後予防接種
エムポックス患者の接触者〔患者の性的パートナー,同居人,適切な個人防護具を着用せずに患者の皮膚,粘膜,体液,呼吸器飛沫,体液に汚染された物質(寝具など)に触れた可能性のある人〕について,発症リスクと重症化予防を目的として,曝露後14日以内かつ発症前,理想的には曝露後4日以内の接種が推奨されている10.
国立国際医療研究センターでは,2022年6月より,エムポックス患者に対する積極的疫学調査により判明した接触者に対して,特定臨床研究において,エムポックスにおける曝露後予防接種としてのLC16ワクチンの有効性および安全性を検討する非盲検単群試験を開始し,2022年12月までに6名の接種対象者に曝露後予防接種を実施した15.結果,被接種者において,発熱,発疹,リンパ節腫脹などの有害事象はあったものの,接種に関連する重篤な有害事象はなかった.また,接種者全員がエムポックスを発症しなかったが,参加者数が少なく,予防効果の検討は十分にできなかったことが報告された.当該研究は, 2022年8月にLC16ワクチンにエムポックスの予防が適応追加されたことを受けて,実際の診療に合わせてより柔軟な対応が可能となるよう, 2023年1月29日に,新たに「サル痘予防における痘そうワクチンの有効性及び安全性を検討する観察研究」が開始され,研究が引き継がれた16.研究対象者はエムポックスの患者と接触した者およびエムポックスウイルスに曝露した者であり,発症した患者は対象外としている.対象者の希望および医学的な評価に基づき,エムポックス患者との接触から14日以内に痘そうワクチンを接種している.また,2023年10月から研究の多施設化により,各地域において研究が実施されている16.
LC16ワクチンの接種に当たっては,一般的なワクチン製剤とは異なり,製剤の規格が集団接種を前提として50人以上の接種が可能であること,二又針を用いた特殊な接種方法(多刺法)で接種を行う必要があることなどから,国立国際医療研究センター予防接種支援センターでは,医療従事者向けに接種方法に関する説明の動画及び接種手順ガイドをホームページで公開している17.
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【一般向け啓発資料】
1 行政機関等の公表情報
【厚生労働省】
- ■厚生労働省「エムポックスとは?」https://www.mhlw.go.jp/content/000957516.pdf
エムポックスの基本的な情報(症状や感染経路,疑う症状があった場合の対応等)について掲載. - ■Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan: What is mpox?https://www.mhlw.go.jp/content/000959728.pdf
Basic information about mpox (what are the symptoms? How does it spread? If I have symptoms?)
*上記の「エムポックスとは?」の英語版
【国立感染症研究所】
- ■国立感染症研究所「複数国で報告されているエムポックス」(第7報)https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/mpox.html
「病原体・感染経路」「症状」「国内の状況」「予防」「治療,検査,調査」などの事項についてまとめたもの. - ■国立感染症研究所 ファクトシート:エムポックスhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/12052-mpox-intro.html
エムポックスについて,情報をまとめたもの.皮膚症状の写真等の掲載あり.
2 研究班および「感染症コミュニケーション円卓会議*」等を通じた啓発活動
*「感染症コミュニケーション円卓会議」とは:主にHIV領域で活動するCBO(コミュニティに根差して活動する民間団体: community-based organization)と, 行政,研究・医療機関が対等な立場で協働する会議.専門的知見, 流行状況, 人々の危機意識, 課題, 誤解などの情報を共有し, 正しさと伝わりやすさの両立, 誤解やスティグマの低減などを企図して,啓発資料の作成や情報発信を行っている.
- ■国立国際医療研究センター国際感染症センター(DCC)ファクトシート:エムポックスhttps://dcc-irs.ncgm.go.jp/document/factsheet/monkeypox_202205.pdf
エムポックスの基本的な情報がまとめられ,相談先情報を掲載 - ■国立国際医療研究センター国際感染症センター エムポックス(Mpox)啓発資料https://dcc-irs.ncgm.go.jp/material/awareness/monkeypox.html
感染症コミュニケーション円卓会議で制作した各種資料を掲載.「セルフケア」「他の人への感染を防ぐために」「あなたが接触者へ知らせるとき困ったら」等の資料を掲載. - ■ぷれいす東京「MPOX GUIDE BOOK」https://ptokyo.org/eBook/mpox_guide_book/
エムポックスの基本情報をイラスト,写真つきでわかりやすく伝えるもの.HIVとエムポックスの関係についても紹介している. - ■akta 「減っているけれどまだ続いているエムポックス(サル痘)をおさらい」(2023年10月)https://akta.jp/akta_renewal/wp-content/uploads/2022/07/d0c073638337deb8cb6c48ce78b74c64.pdf
日本を含むアジア地域における,エムポックス感染者数の推移をまとめた資料.低レベルで国内流行が続く日本と,増加傾向にある東南アジアの状況を提示し,注意喚起を行っている. - ■akta「お店やイベントでmpox(サル痘)の感染リスクを減らすために」(2023年4月) https://akta.jp/akta_renewal/wp-content/uploads/2022/07/f396589c2008522e74efe5a3e35c265f.pdf
お店のオーナー,スタッフ,イベントの主催者の方々向けにまとめられたもの.イベント参加者がお互いの感染のリスクを下げる方法,可能な範囲で準備いただきたい3つのポイントなどをまとめている. - ■akta YouTubeチャンネル「エムポックス(サル痘)!セックスが活発なあなたに知ってほしい5つのPOINT!!【akta大学28限目】(2023年5月)https://youtu.be/RUH6r90xeUk
MSM向けのエムポックスに関する性感染予防の啓発動画. - ■HIVマップ 「エムポックス(サル痘)に感染したかも?と思ったらまずはこちら.症状・受診などのまとめ」 (2023年4月)https://hiv-map.net/post/mpox-symptoms-and-treatment/
エムポックス(mpox)かもしれないと思ったときにどうすればいいか,症状,医療機関の受診方法等がまとめられている.また,東京都内でエムポックスを診療している医療機関(総合病院・クリニック),相談を行っている保健所等のリストを掲載. - ■HIVマップ「エムポックス(サル痘)が日本で感染拡大 ~現状を知って感染リスクを下げよう~」(2023年8月更新)https://hiv-map.net/post/mpox/
日本でのエムポックスの流行状況と,症状・治療・予防など,基礎知識がまとめられている.